種明かし
著者:高良あくあ
*悠真サイド*
次の日。瀬野さんは、物凄く嬉しそうに部室にやってきた。
「先輩。泉君、紗綾! 本当にありがとうっ!」
「成功したみたいね?」
部長が訊ねると、瀬野さんは勢い良く頷く。
「はいっ!」
うん、そうだろうなぁ。
瀬野さんに見えないようにこっそり嘆息すると、森岡さんが小声で話しかけてくる。
「ど、どうしたんですか、泉君? 随分疲れた顔をしていますけど……」
「朝から陸斗の自慢話を聞きまくって……そしてまたこれだよ」
「……えっと」
森岡さんが苦笑する。
「あ、先輩。これ、ありがとうございました。凄いですね、こんなものが作れるなんて」
瀬野さんが、昨日部長に渡された小瓶を取り出す。部長は首を横に振る。
「ああ、それ違うわよ」
「え?」
「それ、ただの苺ジュースだから。苺を絞って漉しただけ」
「えぇっ!?」
瀬野さんが、凄く驚いたような顔をする。部長は反省の欠片も見えない表情で続ける。
「秋波の告白、何もしなくても成功率は百二十パーセント以上だったわよ。けど、そう言っても秋波は絶対に信じなかったでしょう? だから、それが惚れ薬だと思い込ませて、自信を持たせたの」
そう。それが部長の『魔法』。
まず、恋愛に関する依頼を受ける。
そうしたら、告白が百パーセント成功すると思えるところまで、二人を親しくさせる。どんな手を使ってでも。
で、告白を勧める。その時点で依頼者が告白しようとすれば――告白する勇気を出せれば、そこで依頼は終了。間違いなく告白が成功するところまで舞台を整えているのだから、失敗する可能性は無い。
依頼者に告白する勇気が無かったときは、瀬野さんにしたのと同じことをする。すなわち、ただの苺ジュースを惚れ薬だと思い込ませる。それだけだ。
部長は科学において天才と呼ばれている。だから、依頼者は普通にそれを信じてしまうのだ。
ちなみに、どう見ても告白が成功する確率が低い場合は、本当に惚れ薬を使うつもりだと部長から聞いた。幸い、まだそれほど告白の成功率が低い依頼者は現れていない。
部長が本当に惚れ薬を作ったのかどうかはおいておくとして。
「だから、瀬野さん。陸斗がオッケーしたのは、瀬野さんのことが本当に好きだからだ。そこに惚れ薬とか、そういうものの効果は一切無いよ」
横から、瀬野さんに向かって言う。
瀬野さんは少しの間黙り込み、呟いた。
「……つまり、先輩や泉君は、あたしを騙していたということですか?」
「そうなるわね」
間違いなく悪いと思っていないであろう表情で、部長が頷く。……いや、部長。少しは反省しましょうよ。
部長の代わりに頭を下げる。
「それについては謝るよ、瀬野さん。騙してごめん」
「ああ、良いよ別に。成功したわけだし、そうでも言ってくれなきゃあたしはずっと告白しないままだっただろうし。あたしこそ、嘘つかせて悪かったなぁって思っているくらいだから」
瀬野さんが苦笑して、首を横に振る。そして、時計を見て声を上げた。
「やっばい、部活。これ以上サボったら流石に怒られるっ。……じゃ、すみません先輩、泉君、紗綾。あたしはこれで。本当にありがとうございましたっ」
一礼して、瀬野さんが去っていく。
足音が聞こえなくなると、俺は部長の方を振り向いた。
「で、部長、もう外暗いんですけど、どうします? ……そういえば森岡さんも、依頼が終了したから、もう来る必要は無いんじゃ……」
「……あ、あのっ」
森岡さんが声を上げる。
「どうかしたの、森岡さん?」
部長が訊ねる。森岡さんはかなりつっかえながら、言う。
「えっと、そのっ……わ、私も……私も、この部に……科学研究部に入っちゃ、駄目ですか?」
驚く。
……漫画やアニメの中だけかと思っていたけど、本当にあるんだな。こういう展開。
部長と顔を見合わせる。とりあえず、俺は森岡さんに訊ねてみる。
「えっと……何で、こんな部に入る気に?」
「こら、悠真。こんな部って何よ、こんな部って」
部長が頭を叩いてくるが、無視して森岡さんの返事を待つ。
森岡さんは、小さな声で答える。
「その……た、楽しそうですし、それに……」
「それに?」
訊ねると、彼女は顔を真っ赤にして黙りこくる。部長が面白そうにニヤリとする。
「ああ、そう。そういうこと。分かったわ、入部を許可してあげる」
「い、良いんですか?」
自分から言い出したのに、きょとんとする森岡さん。部長は頷く。
「ええ。悠真も、まさか嫌とは言わないでしょうね? そんなこと言ったら毒を飲ませるわよ」
「い、言いませんよ。むしろ大歓迎です」
「ですって、森岡さん」
「あっ……ありがとうございます! よろしくお願いしますっ」
森岡さんが頭を下げる。
「そういうわけで、森岡さんはちょっと残ってね。入部に関して、色々と説明しておきたいことがあるから。……ああ、『森岡さん』って言うのも何かアレね。紗綾で良い?」
「あ、はい」
森岡さんが頷く。
「じゃ、紗綾。私のことは部長って呼ぶこと。部員に先輩って言われると落ち着かないから。後は、部員同士が苗字で呼び合うのもよそよそしいわね」
「ああ……言われてみれば」
確かにそうだ。
「えぇっ!?」
森岡さんが、真っ赤な顔で俺と部長を見る。俺は微笑む。
「俺も、紗綾って呼んで良いかな?」
「あ……はい。……わ、私も、悠真君って呼んで良いですか?」
「もちろん」
頷くと、森岡さん……いや、紗綾は嬉しそうに微笑んだ。
*紗綾サイド*
泉君……じゃなかった。ゆ、悠真君が部室を出て行く。私と部長さんは残っていた。
「さて、紗綾」
「は、はいっ」
思わず固まる。それを見た部長さんは笑って、
「やっぱり紗綾は、私のライバル?」
いたずらっぽく、そんなことを訊いてきた。
「……それが、『悠真君を好き』ってことでしたら……そうですね。私は、部長さんのライバルです」
部長さんの目を見て、答える。
そうだ。部長さんは、私のライバルだ。
「でも、私の方が先輩だし、悠真と仲が良いわよ? 貴女に勝ち目はあるのかしら?」
部長さんは、いたずらっぽい笑顔のまま返してくる。
「そ、それでも……」
部長さんの方が先輩であっても、悠真君のことを好きな女の子としての立場は、きっと変わらない。
例え部長さんの方が悠真君と仲が良くても頑張ればいつか追い越せる。いや、追い越す。
だから。
「……それでも、貴女には負けません」
私は、部長さんに向かって、言った。
普段、大人しいとか、気が弱いとか言われる私の……
精一杯の、宣戦布告だった。
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